ラララ進化論

馬のブログです

旅行レポ【都井岬】

 

今日は京都大学の合格発表日である。

なので今回は都井岬について書こうと思う。

 

 

都井岬は宮崎県の南端にある小さな岬である。

ここには「御崎馬」という馬が住んでいる。

f:id:living_horse:20170310203127j:plain

(wikipedia より)

 

私は我が同胞に会うため、この地を訪れたいと考えた。

ということで実際に行ってみた(2016年8月のことである)。

独りで。

 

 

串間駅からバスに揺られること40分。

乗客は私以外に中年の男性が一人だけであった。

バスの揺れに酔いながらも、かの地に降り立った私を出迎えてくれたのは一匹の子馬だった。

f:id:living_horse:20170310204911j:plain

 

 

かわいい。

ちなみに周りにも数匹馬がいた。

f:id:living_horse:20170310205037j:plain

 

 

テンションが上がった私は都井岬案内センターへ向かい、有料の電動自転車を借りた。

受付のお姉さん曰く、灯台から見る景色は圧巻だそうだ。

しかし長く厳しい坂の上にあるため、電動自転車で行くのは大変だと言う。

 

私はお姉さんの忠言を真摯に受け止め、電動自転車で坂を登ることにした。

 

 

 

うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!

f:id:living_horse:20170310205848j:plain

f:id:living_horse:20170310205916j:plain

 

 

死に物狂いで登った先に小さな灯台が見えた。

あそこだ!

f:id:living_horse:20170310210104j:plain

 

うーむ、なかなかの面構え。

RPGであれば必ずセーブポイントがあるだろう。

 

 

人気の少ない灯台を登り、海を見渡す。

 

f:id:living_horse:20170310210559j:plain

 

すごい。

写真で見るとつまらないように思われるかもしれないが、実際には強い風とともに波が南へ南へ一様に駆けてゆくのだ。

 

遠くの水平線へ海がゆっくりと吸い込まれていく。

圧巻。

 

 

灯台を降りた後も、私は自然の力に陶酔したままで大事なことを忘れていた。

 

 

ウマ、アンマリ、ミテナイ。

ウマ、アンマリ、ミテナイ。

ナンデ?

 

 

そう、バスに降りた後会ったきり、馬をあまり見ていなかったのだ。

疑問に思った私ははちゃめちゃなスピードを出して来た坂を下り、もう一度お姉さんに聞いた。

 

「この時期は馬の群れがかなり遠くにいるんですよね。大きな群れでなければこの辺りでも見ることができますが……」

「そうですか。自転車で行けますか?」

「一応行けますが、おすすめはできないです」

「わかりました」

 

私は自転車で馬の群れがいる丘へと向かった。

 

 

道中にはお姉さんの言う通り、ちらほらと馬がいた。

f:id:living_horse:20170310212153j:plain

f:id:living_horse:20170310212303j:plain

 

 

かわいい、けど違う。

私が見たいのはもっとぶああああああああって感じの大きな群れなのだ。

 

ペダルを漕いだ。めっちゃ漕いだ。

都井岬入り口に戻る勢いだった。

 

 

 

 

そして、いた。

 

f:id:living_horse:20170310212622j:plain

f:id:living_horse:20170310212736j:plain

 

 

 

めっちゃいる。

カメラで一面しか切り取れなかったのが残念でならない。

 

f:id:living_horse:20170310212947j:plain

 

 

帰りのバスの中で、私は行きのバスが一緒だった男性と仲良くなった。

 

「いやあ、馬が見れてよかった。でももっと大きい群れってのがいると思ってたんですよね。ちょっと期待外れだったな」

「大きい群れ、いましたよ」

「えっ!?」

 

驚く男性にこの写真を見せた私の顔は、少し自慢げだったと思う。

f:id:living_horse:20170310213635j:plain

 

 

 

皆さんも気になったら是非行ってみてほしい。

 

 

 

気になる?来世就活!(御社編)

今日は就活解禁日らしい。

私は今年就活をしないため、今日も今日とてのほほんとしているのだが、目に涙を浮かべ血が滲むように就活をする友人を見ていると、自分はこのままでいいのかという一抹の不安が顔を見せてきたりもするのだ。

 

 

そこで来世の就活について考えてみようと思う。

私こそ現世では人間に就職したが、人間がこんなブラック企業だと思わなかった。

来世の就職先は慎重に考え抜き、悔いのないような就活をしたいと思う。

今回はそんな同志諸君に役立つ、オススメ就職先を紹介しよう。

 

 

 

ビスカッチャ

 

 f:id:living_horse:20170301124740j:plain

 

 ビスカッチャアンデスの山岳地帯の企業である。

主な業務内容は日光浴であり、高山地帯で酸素が薄いことから激しい運動を伴う業務を強いられることはない。

営業でマチュピチュ遺跡を回らされることもあるらしいが、観光だと割り切れば楽しそうである。

天敵は多いが、彼らの低酸素条件の中深追いはあまりしないらしいため、普段からトレーニングを欠かさない人にはうってつけである。

 

ちなみにウサギではなく、ネズミである。

 

 

 

ナマケモノ

 

f:id:living_horse:20170301130053j:plain

 

言わずと知れた企業である。

ナマケモノとは正式にはナマケモノ亜目に属する企業の総称である。

業務内容はほとんどない。週一で木から降りてトイレを済ませるだけである(もう木の上ですればいいんじゃないかと思うのだが)。

その美点はほとんど何もしないことであり、その欠点は何もしないことである。

 

欠点の一つはすぐに襲われてしまうことである。以前私はピューマに襲われて木から引きずり降ろされた社員の動画を見たため、私はこの企業への就職をやめた。

他の欠点として

・動かないので身体中ノミだらけ

・背中に苔が生える

・変温動物のため気温が低いと寒い

・たまに頑張らなきゃいけない

……などがある。

 

それでも社員がほとんど何もしなくてよいというのは素晴らしい。私はなぜこの企業が倒産しないのか心の底から疑問でならない。

 

 

 

③シャチ

 

f:id:living_horse:20170301131753j:plain

 

生まれついての最強、海の財閥である。

 

その気になればどんな企業も喰らうことができる。すごい。

拠点は基本的に北の海だが、本気を出せば海のどこにでも進出できる。無敵。

社員は全員歌もダンスもできる。海のジャニーズと呼んでもまだ物足りないぐらいだ。

おまけに社員の賢さや社会性も優れている。モテる要素しかない。

 

欠点としては海から出られないことである。

 

 

 

リュウグウノツカイ

 

f:id:living_horse:20170301133238p:plain

 

神の下請け企業である。

神になりたいならこの企業への就職を挟むといいかもしれない。

きっと乙姫さまからの推薦が得られるだろう。

 

 

 

屋久

 

f:id:living_horse:20170301133554j:plain

 

オンリーワンである。スティーブ・ジョブズみたいなもんである。

個性的な生き方を所望するならば目指してみるといいかもしれない。

しかし面接は想像を絶するほど厳しいであろう。

 

なぜかというとオンリーワンだからである。

 

 

 

 

いかがだっただろうか?

就活で疲れたり、研究室に束縛されたりしたときは思い切って「人間なんか辞めてやる!ばーか!」と考えてもバチは当たらないだろう。

 

しかし忘れてはならない。

どの企業に務める社員も頑張って生きているということを。

自然の中で生きることの辛さを忘れてしまった人間にとって、他の動物へ転職するというのは想像以上に難しいことなのかもしれない。

 

 

次回は「気になる?来世就活!(実践編)」である。

具体的には具体的にはESの書き方や、面接時に気をつけることなどを紹介するつもりだ。

お楽しみに。

 

創造性スキーマ

何かを始めるのは意外と簡単だったりする。

難しいのは継続することである。

 

 

 

ブログを始めた理由として、承認欲求の他に「書きたい欲を発散させたい」というのがあった。

私は酔狂な書きたがり屋さんなのである。

現にブログを始めたら、Twitterをする時間が激減してしまった。

 

 

 

ブログを少し続けてみた感想としては、疲れる。

何を書けばいいのかわからないのだ。

これは書きたいことが尽きてしまったという訳ではない。

 

 

 

文字とは読まれるためにある。

読まれない文字など、文字にする意味がないと思う。

仮に自分のためだけのブログだとしても、私は未来の自分を意識して書いている。

要するに言いたいのは、「文字を書く以上、その文の読み手を意識してしまう」ということなのだ。これが疲れる。

たとえこのブログを読んでいる人が一人たりとていなくとも、私は誰かを意識して書き続けるだろう。

 

 

 

そうなると困るのは書くテーマである。

書きたいことなどいくらでもある。

トゲナシトゲアリトゲトゲとか、ストレンジアトラクターとか、ケルト神話とか、いっぱい書きたい。現に書いた。書いたけれど消した。

浅薄な私が書いたところで、薄めたミソスープぐらいの雑学にしかならなかったのだ。

 

かと言って私の専門分野のことを書いても、それこそ訳がわからない。

実態の掴めない遺伝子の話など誰が望むのか。

でもニワトリとウズラのキメラの話とかは面白いかもしれない。

 

 

 

書くということは難しい。それが連日の投稿で得た教訓である。

これからは一週間に一度の投稿にして頑張ってみようと思う。

 

 

 

全く新しい世界を提供する。

そういった観点で見ると、小説という形式は一番適しているのではないか。

ここでそんなことをするつもりは毛頭ないけれども。

不幸になる権利

「満ち足りていること。不平や不満がなく、たのしいこと。また、そのさま」

 

 

最近の幸福は少し歪んでいる気がする。

これは昔から人類の心に根ざしていて、私がたまたま最近気がついただけなのかもしれない。

 

 

 

最初に書いた文章は「幸福」という言葉の辞書における定義である。

ここには「他人に認めてもらう」などという定義はどこにもない。

しかし最近は日々の自分の経験をSNSに投稿することが、あたかもその経験を幸せに昇華させる儀式のように行われている。

もちろん私もしている。意図的にしている。許してほしい。

 

 

 

幸せとは「満ち足りた」ものである。

他人に自慢する・SNSに投稿するなど、何らかの儀式をしなければ幸せになれないそれは、果たして本当に幸せなのだろうか。

そんなもの、クリームの入っていないクリームパンに等しい。

しかし裏を返せば、パソコンやスマートフォンの普及した現代は幸福が量産できる時代なのかもしれない。皆さんのお手元にあるそれは、紛うことなき「幸せ製造機」なのである。

私は自分の体験をSNSで共有できるのはとても良いことだと思う。

しかし、自分の体験を片っ端から情報化して幸せを気取る幸せ太り人間と、それを眺めて「自分には幸せな体験がない」と肩を落とし勝手に不幸になる幸せガリガリ人間が大量に生まれてしまうのは嘆かわしいことである。

 

 

 

誰かに認めてもらわないといけない幸せなどに価値はあるのだろうか。

むしろ誰に言わずとも輝きを放つ体験こそが幸せではなかろうか。

それは必ずしも金に物を言わせた体験でなくてもいい。

ただ空が晴れていたとか、虹が出ていたとか、宝くじで3億当たったとか。

そういうささやかな日常で良いのだと思う。

 

 

 

これは幸せのあり方を定義しようとした文ではない。

ただ、世間の皆さんが御高説のたまう幸福論のハードルを下げようと思って書いただけである。

他者に強要された幸せの定義に従わなければならないのなら、私は喜んで不幸になる権利を行使しよう。

 

 

 

……真面目なテーマは疲れるので次からはやめにしよう。

 

 

 

P.S. 「不幸になる権利」とはとある有名なSFの1フレーズである。何の作品か気づいた方がいれば嬉しいこと限りない。

芯のある女性

はじめに断っておくと、今日の記事は一段とつまらないと思う。

誰でもわかっているようなことをただ言語化しただけなのだ。

でもブログなんてそんな高尚なものでもないのだから許してほしい。

 

 

 

 

私は気が強い女性が好きだ。

仮に夕食を共にしたとして、美味い飯を美味いと言い、不味い飯を不味いと言う女性が好きなのだ。

ラブロマンス的な雰囲気を跳ね除け、終始自分というものを遺憾なく発揮し続けられる。そしてその中にひと匙の品性を加えたような女性が好きなのである。

具体的に言うと四畳半神話大系の明石さんである。

 

 

 

 

しかしそんな女性は少ない。なぜなのか。

デリカシーのない私は数少ない女性の先輩に意見を求めた。

物腰柔らかで品行方正、一流企業の受付嬢を務めていてもなお一際鋭い輝きを放っていそうな先輩は、嫌な顔一つ見せず答えてくれた。

「基本的にそういうの、男の人は好きじゃないんだよね」

 

 

 

 

いる。ここにいるぞ。

いやしかし私も馬鹿ではあるが、馬鹿が悪化したような馬鹿ではない。先輩の言う「男の人」は「いるかいないか」の話ではなくて、「全体の大きな割合」の話なのである。

 

 

 

 

困った、実に困った。

いつの世も適応できる者は強い。

いつか世界が画一化されて異性に従順な男と女で溢れかえる世の中が到来する、そんなことを考えると背筋が寒くなる。

 

 

 

 

従順と言えども、内なる芯まで失ってしまえばそれは生きていて楽しいのだろうか。

人間は社会的な動物らしいが、その社会性の中で自分を見失った人は山のようにいると思う。

 

 

 

 

自分を貫くのはわがままである。

私は世の中がもっとわがままになってくれたら嬉しいのになあと思う。

 

 

有り余る従順は、隷属とさして変わらないと思うのだ。

折田先生像予想2017

日は京都大学の入試らしい。

ここは先輩として受験生に実践的なアドバイスを授けてあげたいところだ。

なので今日は今年の折田先生像の予想をしようと思う。



①トランプ大統領

f:id:living_horse:20170224214946j:plain

私としてはこれに1票を投じたいところだが、いささか政治色が強いのが難点である。



②サーバルちゃん

f:id:living_horse:20170224215009j:plain

流行りといえば彼女である。しかし、もっと大衆受けするものを選びそうだ。



吉田沙保里

f:id:living_horse:20170224215303j:plain

言わずと知れた人類最強の方。作るならカイリキーとセットだと個人的には嬉しい。



ねるねるねるねの魔女

f:id:living_horse:20170224215728j:plain

やっぱりこの人だと思う。知名度ならこの中でもNo. 1だ!



⑤テングザル

f:id:living_horse:20170224220327j:plain

鞍馬の天狗の鼻が折れたので。



……どうだろうか?少しは皆さんのお役に立てただろうか?

もしこのブログを見て京大に受かった!という方が一人でもいたら私は嬉しい。

マカロニペンギン

マカロニペンギンとはマカロニが大好きなペンギンである。

イタリアに生息しており、名だたるマカロニ屋のマカロニを食しているため味にうるさいので、彼らの味覚はマカロニマイスターの登竜門と称されている。



ウインナーコーヒーはウインナーが入っているコーヒーである。まずい。




名前とは非常に厄介である。

全く関係のないところに突如として現れ、脈絡のない関係性を築いて去ってゆく。

例えば鈴木というお笑い芸人がゴールデンタイムの番組で醜態を晒して笑いを取ろうものなら、次の日全国の小学校の罪なき鈴木くんが理不尽な笑いに晒されてしまうかもしれないのだ。



なぜ人間は名前を持ちたがるのだろう。

不思議である。

そこから生まれる奇妙な縁は果たして私たちの世界をどれほど狂わせているのか、そんなことを考えると楽しい。



ここからこの話題は広がらないし、収束もしない。

ただ不思議だなあ、と思っただけなのだ。







ちなみにマカロニペンギンは実在する。

f:id:living_horse:20170224012303j:plain

(Wikipediaより)



「マカロニ」は「伊達男」という意味らしい。

王様だの皇帝だの貴族だの、ペンギンも色々大変そうである。