読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ラララ進化論

馬のブログです

声明のような何か

人間というのは何かと偉そうである。
そりゃ自分の意見には多かれ少なかれ自信というものが伴うのが常である。
私はそれを悪いことだとは思わない。

ただそこには「正しさ」という概念が介在している。
私はそれが大っ嫌いだ。
意見が刀なら、正しさは血のようなもの。時は情報戦国時代、電子の砂漠に飲み込まれた猛者たちは、返り血を求めて彷徨い歩く。
「正しさ」は世界を良くしたりするのに大事だと確か小学校の先生が言っていた。

しかし今の社会の「正しさ」とは何だろうか?
もし力のめちゃくちゃ強い奴がいて自分が正しいと主張する。そんな論理とはかけ離れた筋肉によって保証されたものが「正しさ」なのだろうか。
もし就職活動のとき、スケベそうな面接官が「おっぱいは正義だ」とか言い始めておっぱいの大きい女性ばかりに内定を出していたら、おっぱいのない私は帰って枕を濡らすしかないのだろうか。
思うに「正しさ」の中には正しさ以外の不純物がふんだんに盛り込まれている気がする。
私はそれが悲しいのだ。




で?

「だからどうした。そんなこと、とうの昔に気づいている。私を見くびらないでほしい!」という賢い方々が多いと思う。
申し訳ない。
私の声明はこうだ。



馬になりきってブログをします。

それだけ。
馬に「正しさ」はわからない。良くも悪くもわからない。
頑張って長く続けたいと思う。